ある生命保険会社のセールスレディーとして、優秀な成績を収めたTさん。ご主人を早くに亡くして、娘を育てるために、生命保険会社に入ったとのこと。現役中は、仕事一本に邁進し、お客様の為に一生懸命働き、全国レベルで表彰されることも度々あったそうです。
Tさんが80歳を超え、相続のことを少し考えた時に娘さんから言われた言葉が、『お母さん!田舎の土地は処分してね』とのこと。
実際の当時の様子
田舎とは、愛知県豊橋市植田という地域で、その土地は、市街化調整区域の雑種地でした。娘さんとしては、豊橋市に住む予定もないため、相続しても困ること考えたとのこと。
この土地を買った経緯としては、豊橋市は、ご自身の出身地であったために、生命保険会社に入る前の、昭和47年に取得。当時は、田中角栄が行った、日本列島改造政策により「土地を持っていれば資産が増える」という投機的な考えが当たり前にありました。そのような目的のため、利用する予定はなくとも土地を取得するケースが当たり前に行われていました。
Tさんも、親戚から勧められ、パートで貯めた貯金をすべて使って、地元に70坪ほどの土地を買いました。
この土地は、地目が雑種地でしたが、空き地として手付かずで荒れており、その状況を見かねた、現地正面の住民が家庭菜園として借りることになり、無償で貸していました。
その後、投機目的で取得したとはいえ、売却するタイミングを逃し、娘さんの一言があるまでは、売却を考えることはありませんでした。
そこで、売却を検討することになったものの、豊橋市の物件を東京の不動産業者へ相談することができるのかどうかを悩み、弊社スタッフの元々のお客様であったため、私に相談されました。
相談を受けた私は、先ず物件の調査を行いましたが、以下の大きな3つの課題がありました。
市街化調整区域というのは、「市街化を抑制する地域=人を住まわせたくない」ということです。不動産の取引の多くは、人間が住むことが前提です。確かに仕事場として利用することもありますが、一般市場に於いては、居住目的の不動産の取引が主となります。ですから、市街化調整区域という地域では、売買が大変困難になります。買い手(需要)の絶対数が極端に減るからです。
この土地は、登記簿上の地目は「雑種地」でした。雑種地とは、不動産登記規則に定める地目23種類のうちの一つで、定められた22種類に適合しないものを指します。雑種地の多くは、資材置き場や駐車場、又は何も利用されていない空き地などです。今回は、畑などで利用する土地でなかったものの、家庭菜園として貸していたため、税務上の課税地目は畑となっていました。
地目が畑(や田等)の場合は、取引をする際に、地域の農業委員会の許可が必要となります。この許可が取れないと、売買をすることができません。そして、許可を得るには、買主が農業委員会の認める農業を行っている者でなければなりません。もしくは今後農業が行われないと見込まれる時には、農業を行っていなくても許可が下ります。どちらにしても手続きに手間と時間が掛かります。
土地を売買(又は建築)するときに、土地の面積(積)を確定する必要があります。土地は、隣接地との境界線に囲まれた内部が、自身の土地となりますので、隣接地所有者から境界線の同意を得なければなりません。その手続きを土地家屋調査士に依頼して、測量して頂くのですが、同意は口頭ではなく、書類に署名捺印していただかなければなりません。
面積を確定する必要がある人が、隣接地の所有者にお願いをして、書類に署名捺印していただくのですが、人間同士ですから、手続きの不備や言葉の使い方によって、トラブルになることがあります。
今回の土地の隣地所有者が、以前境界承諾を依頼して来た時の対応に腹を立てたTさんが、隣地所有者からの書類へ署名捺印することを拒んだ経緯があり、この隣地所有者は、「次に自分が署名捺印するときは、絶対に応じない」と怒っている状態でした。
市街化調整地域であっても、農業従事者や、その家族が住宅を建てることは許可がおります。ですから、一般の方に買っていただくことはできなくとも、隣接地の方が土地を取得し、住宅を建てることはできます。よって、隣接地の住民と友好的な関係を築くことはとても重要です。しかし、投機目的で所有し、長期間空き地として荒廃した管理を行い、境界紛争まで起きているということは、売却活動を行うにあたり、数少ない購入可能者が更に、減ることになってしまいました。
一反10,000円でも売れないよ
私が、数少ない購入可能者の一人として、現地を家庭菜園として借りている住人に働きかけたところ、そのように言われました。一反とは約300坪です。坪あたり、33円です。都内では、坪100万円、200万円と評価されることも多いでしょうが、坪33円でも売れないとのことです。
実際に取引事例を確認していくと、確かに一反300万円でも売れていませんし、農家の絶対数が減少し、現地周辺を見回しても、耕作していない田畑が延々と存在しています。そのような事実を伝え、Tさんにも豊橋市に住む親族に確認してもらったところ、同様の答えでした。
以前は、古くなった家電や車であっても、処分に費用が掛かるということはありませんでした。額は別としても、幾らかの金額を受け取って売却することができましたが、昨今はリサイクル費用として、処分するための費用を所有者が支払わなければならない時代になってきました。
不動産も、同様の時代がすでに訪れてきています。処分したい土地を引き受けてもらう人に管理費や固都税などの費用を事前に支払い、引き受けてもらうケースが増えています。とはいえ、Tさんは、その現実を受け止めることがなかなかできませんでした。購入した時の資金は、少ない給料をコツコツと貯めて買った。という思いが、とても強く残っていたからです。結果的に、「利益は要らない。せめて購入金額でなんとかならないか?」と相談されましたが、数少ない隣接地との関係を考えると、不可能であることを伝えさせて頂くしかありませんでした。困り果てた私は、Tさんの親族へお願いできないか、と提案しました。
Tさんが親族に依頼したところ、農家の方が「自分が家庭菜園として使う。」と、手を挙げて頂けましたが、ある条件が付きました。「農業委員会の許可をもらう手続きはしたくない。以前、様々な帳簿を提出させられ不愉快な思いをしたから。」とのこと。
今回の土地は、登記上の地目は雑種地で、課税地目は畑でした。課税地目は、毎年1月1日現在の利用状況に応じて変更されますので、1月1日に於いて、畑として利用されていなければ、課税地目は雑種地となり、農業委員会の手続き無しで、取引ができます。
12月31日までに家庭菜園を止めなければなりませんが、耕作物は種まきから刈り取りまで数か月を要することがあります。売却活動の開始時には、既に種まきを終わっており、12月31日までの刈り取りができないとの回答がありましたが、事情を話し無理を言って耕作物を他の畑へ移転して頂く事をお願いし、ぎりぎりクリスマス前までに、家庭菜園を閉鎖し、税務署に課税地目変更の届出をする事ができました。
しかし、課税地目の変更が正式に開示されるのは、4月以降となりますので、1月中旬に売買契約を締結して、4月の課税地目変更の確認が取れるのを待って、代金支払いと所有権移転という手続きを行い、無事にこの土地の処分が完了しました。
相談を受けてから、約一年後の事です。
今回は、売却処分ができましたが、買い手がおらず、固定資産税という負担を延々と支払い続けている方も多くいます。先にお伝えしましたように、不動産だからといって必ず換金できるという時代ではありません。冷静に、所有する不動産の需要を考え、適正な対策をとる必要があります。